「みんなの学校」パネル討論内容概略

 (敬称略)(進行役は当会、沼尾)


沼尾: 所沢市でも埼玉県の統計でも生徒数は減少しているのに、特別支援教育対象児童生徒数は2009年から2015年の間に倍増している。このように、子どもさんは分けられている現状にあるなか、映画「みんなの学校」大空小学校はきわめて特異な状況にあるといえる。しかし、法律ではどうなっているのか、これからみなさんに映画の感想を含めてお話をしていただきたい。


一木: 「みんなの学校」を見るのは今日で3回目。感動する人もいれば、しない人もいる。概して現役の先生たちの評価は良くない。教師集団の質や校長の指導力や多忙を理由に現実的ではないと考えているようだ。障害のない子がガマンしなければならないのはおかしいという意見もある。反面、大学院生たちは、このような学校があれば良い教育ができるのにと感動して泣いていた。精神障害の人は、いろいろ苦しかったことを思い出して泣いていた。排除された経験がある人は、この映画にすごく共感するようだ。
学校の中でどんな教育がされてきたか歴史的に見てみると、養護学校が義務化され、特殊教育という名の下で養護学校や養護学級での教育が始まる1979年まで、障害をもった子どもは教育を受ける権利から排除されていた。2007年に特殊教育から特別支援教育に変わり、普通学級・特別支援学級・特別支援学校の中で教育を受けることができる「インクルーシブ教育システム」が制度化されたが、真のインクルーシブ教育は実現されていない。整然と整列している社会に、整然と並べない障害を持った人は入っていけない。入っていっても、やがて排除されてしまう。バラバラなそれぞれが包容される社会が実現されなければならない。
この映画の監督は、「この校長、この学校だからできたというのではだめだ。全地域で実践されることが重要」と語っているという。共に学ぶことで、子どもたち・教師・地域の人たちが変わっていく。映画の最後に出てくる「すべての人々が学びあえる場所が大空小学校」という言葉が印象に残った。


海老原: 映画「みんなの学校」を初めて観た。「子どもは素直」というところに感動した。子どもは昔も今もいろいろな意味で素直だ。私自身、「どうして車椅子なの?」「どうしてそんな体なの?」と素直な質問をたくさん受けた。子どものころは「どうしてか分らないけど変な病気で車椅子なの」と言えば、「そう」と納得してもらえた。障害のある子どもの親は、そういう場面に遭遇しないように隠したいという方が多い。大学まで、全部友だちの手を借りて過ごしたが、どこもバリアだらけで、高校もエレベーター無し。それでも良ければどうぞという対応だった。教室に行けば友だちがいて車椅子を押してもらえるが、教室に行くまでの階段を上がるのは、声をかけて4人の人を確保しなければならなかった。今、考えると支援員がいなかったことは良かったと思える。どんな表情の人に声をかけると手を貸してもらえるか、あ、ちょっとこちらを気にしてくれているなというようなことを体験から学べている。今、アテンド介護の支援を受けて一人で生活している。夜の体位移動もあるから24時間介護。介護員の支援で生活は安定したが、社会との関係が希薄になるようにも感じている。道行く人の手を借りるために声をかける必要もないし、また、道行く人は手伝う必要がないと思ってしまうから。
障害があっても、その人の人生を設計し実現するために社会に出ていかないといけない。そうするべきだし、そうできなければいけないと思うが、障害について知らない大人の中では暮らせない。教育が大事だと思う。


宮澤: その地域で生まれた子は、どんな障害があってもその地域の中の学校に通うのが一番。足の不自由な子が重い荷物を持って、目の前にある学校に行けずわざわざ遠くの学校に行かなければならないのはおかしいと思っている。学校でもこの映画のことは話題になったが、実現できないという意見が多い。一木さんが話した理由もあるし、障害の子にはその子どもにあった教育プログラムが必要で、その方が本人のためでしょという反応だ。本当に映画のような学校は実現できないのか、実現するためにはどうしたら良いか。
実現するために障壁になっているものが二つあると思う。一つは制度の問題。多様な子どもたちには多様な制度で対応しましょう、育てましょうと耳に心地よい言葉で国はいうが、インクルーシブ教育を木にたとえると、本来は大きな幹。多様な制度は枝葉の部分で、それをたくさん増やせば、言い方は好きでないが定型発達している子どもだけの細い幹になってしまう。肢体不自由の子は肢体不自由しか知らない世界、発達障害の子どもは発達障害という小さなコミュニテーに閉じ込められ、その人間関係しか築けない。映画にあったように、一緒に生活することでお互いが変わり成長できる。そのような環境を奪ってしまっているのは残念でならない。車椅子を押したこともない子どもたちと社会に出て子どもたちは出会うことになる。これは互いにとって不幸なことだ。
もう一つは、学校文化というべき問題。映画の大空小学校はゆったりしていて形式的なことにこだわっていなかったと思うが、ほとんどの学校には形式、挨拶を強制する文化がある。今、学校ではユニバーサルデザイン化ということが言われていて、誰にでも分る授業をしようということなのだが、違う方向で使われていて、どこのクラスに行っても戸惑わないようにすべてのクラスでルールを統一しましょうということになっている。気を付け、前にならえ、休め、というような短い言葉で統率するのは軍事教練と言ってもよいくらいで、そういうことができる子は入りやすく、できない子は教室に入っていきにくい。この学校文化は見直さなければならないと思っている。
   
最後に、宮澤さんから次のパンフレットの紹介がありました。
・「障害者権利条約でインクルーシブ教育を実現しよう!」
インクル共ちゃんパンフレットPART1
・「インクルーシブ教育に向けて差別解消法を大きく育てよう!」
インクル共ちゃんパンフレットPART2
私たち市民が学べる手ごろなパンフレットです。どちらも1冊50円。
お申し込みは「障害児を普通学級へ・全国連絡会」へ。「インクルともちゃんのパンフ」で伝わります。
電話:03-5313-7832  
メールアドレス:info@zenkokuren.com